フェンディ(FENDI )
フェンディS.r.l.
Fendi S.r.l.
種類 S.r.l.
本社所在地 イタリア
〒00187
ローマ Via del Leoncino 5
電話番号 +39-06-334501
設立 1925年
業種 繊維製品
事業内容 服飾
主要株主 LVMH
外部リンク http://www.fendi.com/
表・話・編・歴
フェンディ(FENDI)は、イタリアを代表する世界的ファッションブランドである。
「F」を組み合わせた「ダブルFモノグラム」がよく知られている。フランスのLVMHグループに属する。
目次 [非表示]
1 略歴
2 先進主要国のブティック
2.1 イタリア
2.2 アメリカ合衆国
2.3 日本国内の直営路面店
3 現デザイナー
4 関連項目
5 外部リンク
略歴 [編集]
1925年 - エドアルド・フェンディ・アデーレ・フェンディ夫妻がイタリア、ローマに革製品店を設立したのが始まり
1946年 - フェンディ夫妻の長女、パオラが仕事を手伝い始める。
フェンディ夫妻には他にもアンナ、フランカ、カルラ、アルダの4人の娘がおり、いずれもこの仕事に携わる
1965年 - 当時まだ新進デザイナーだったドイツ人のカール・ラガーフェルド(当時27歳)を主任デザイナーに擁立
1997年 - バゲットパンにちなんで名づけられたバッグ「バゲット」を発表
1999年 - 経営難の折、フランス・LVMHとイタリア・プラダの合弁会社に買収される
2001年11月24日 - プラダ所有の全株式をLVMHが取得
2002年 - 神戸旧居留地に竣工した日本初のLVMH複合ビルにルイ・ヴィトン、ベルルッティと同時に路面店をオープン
2003年 - 同じLVMHに属するセリーヌ、ロエベ、ダナ・キャランと同時に表参道(東京都渋谷区・ONE表参道ビル)に路面店をオープン
先進主要国のブティック [編集]
イタリア [編集]
ローマ、ミラノ、フィレンツェなど主要都市。
アメリカ合衆国 [編集]
ニューヨーク、ボストン、ビバリーヒルズ、ラスベガス、ヒューストンといった大都市の他、リゾート地のアスペンやコスタメサ等にもある。
日本国内の直営路面店 [編集]
FENDI 神戸店
神戸店(兵庫県神戸市中央区浪花町27) - 2002年11月23日オープン
ONE表参道店(東京都港区北青山3-5-29) - 2003年9月20日オープン
大阪店(大阪市中央区心斎橋筋1-9-17) - 2005年1月29日オープン
博多スーパーブランドシティ店(福岡県福岡市博多区下川端町3-1)
現デザイナー [編集]
カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)
関連項目 [編集]
LVMH - フェンディを経営するフランスの複合企業、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン
DFSグループ
シャネル
パリの店舗
シャネル(CHANEL)は、ココ・シャネル(Coco Chanel、1883年8月19日 - 1971年1月10日)が興したファッションブランド。「古い価値観にとらわれない女性像」がブランドポリシー。
目次 [非表示]
1 現デザイナー
2 略歴
3 シャネルと宝石
4 ミューズ
5 関連事項
6 外部リンク
現デザイナー [編集]
カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)
略歴 [編集]
1910年 - パリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」という帽子専門店を開店したのが始まり。
1913年 - リゾート地ドーヴィルに第1号のモードブティックを開店。
1915年 - ビアリッツに「メゾン・ド・クチュール」をオープンして、ココはオートクチュールのデザイナーとして本格的にデビューする。
1916年 - 第1回シャネル・オートクチュール・コレクションを発表。安くシンプルで着心地がよく、無駄のない、ジャージー素材を取り入れたドレスが話題となる。
1921年 - 本店をカンボン通り31番地に移転。5月5日シャネル初の香水「No.5」を発売(数字の「5」に縁起を担いで発売を5月5日にしたと言われている)。 脂肪族アルデハイドを大胆に使用した香調で話題となる。「No.5」は試作品番号。その後も、喪服でしか使われなかった黒い服を「リトル・ブラック・ドレス」として発表したり、 ツイード素材のスーツを発表して話題となる。
1939年 - 第二次世界大戦の勃発とともに、香水とアクセサリーのブティック以外の全店を閉鎖する。
1944年 - ココがナチス・ドイツによるフランス占領中を通じドイツ軍将校と愛人関係にあったため、連合国軍によるフランス解放とともにスイスへの逃亡を余儀なくされる。
1954年 - 閉鎖店舗が復活。カンボン通りの店を再開し、オートクチュール・コレクションも復活させる。
1970年 - 香水「No.19」を発表。
1971年 - 住居としていたホテル・リッツで、ココ・シャネル死去。その後、カール・ラガーフェルドがデザイナーに就任。ココのスタイルを守りながら、時代の空気を取り入れた新しいシャネルを提案し、ブランドとしての再興を果たす。
1994年 - シャネルブティック本店(銀座並木通り)を開店。
1996年 - 開店当時日本最大店舗として大阪・心斎橋店を開店。
2001年 - 日本最大の売り場面積を誇る東京・表参道店を開店。
2004年 - 12月、銀座3丁目に銀座シャネルビル・旗艦店を開店。
シャネルと宝石 [編集]
香港の店舗
シャネルは1924年に模造宝石をつかったビジュ・ファンデジの発表後、1932年本物のダイヤモンドを使ったハイ・ジュエリーラインを発表しており、1939年に店舗を閉鎖した際も、アクセサリーラインを扱う店舗は残していた。
1990年代後半に、新たなデザイナーを迎えファインジュエリーの販売を開始した。
ミューズ [編集]
デザイナーのイメージを具現化し世間に広めるイメージモデルをミューズ(女神)と呼ぶことがある。 カール・ラガーフェルドにより、ミューズとして抜擢されるモデルや女優は必ずと言っていいほど注目される。1980年代にはイネス・ド・ラ・フレサンジュ、1990年代にはクラウディア・シファー、ステラ・テナント、デヴォン青木らであった。現在のミューズは、再びクラウディア・シファーである。(商品ごとのイメージモデルとして契約するのとは、意味が違いブランド自体のイメージモデル)。
関連事項 [編集]
クラウディア・シファー
ナチス・ドイツ
レジスタンス運動
シャネルズ
外部リンク [編集]
CHANEL
Fashion Street - CHANELのブランド経緯と詳細
カテゴリ: フランスのファッションブランド | 化粧品メーカー・ブランド | フランスの企業
|