蔵出しアンティーク!天然石本瑪瑙メノウ帯留帯飾りブローチ
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レトロな雰囲気が嬉しい天然瑪瑙の帯飾りを出品いたします。滑らかなラインをもつ味わいある逸品!ペンダントやブローチとしてもご使用頂けます。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください。
美品。お箱入り。
サイズ 43mm×34mm 帯通し部分の内径 :10mm×3mm
石 天然瑪瑙(メノウ)
品番 mu_053
即決価格 3,000円 |
蔵出しアンティーク!天然石本縞瑪瑙メノウ帯留帯飾りブローチ
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レトロな雰囲気が嬉しい天然縞瑪瑙の帯飾りを出品いたします。滑らかなラインをもつ味わいある逸品!ペンダントやブローチとしてもご使用頂けます。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください。
美品。お箱入り。
サイズ 44mm×32mm 帯通し部分の内径 :10mm×3mm
石 天然瑪瑙(メノウ)
品番 mu_052
即決価格 3,000円 |
蔵出しアンティーク!稀少布製扇型帯留帯飾り茶色お箱入り
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レトロな雰囲気が嬉しい布製帯飾りを出品いたします。滑らかなラインをもつ味わいある逸品!アンティークがお好きな方、是非ご入札ください。美品。お箱入り。
サイズ 55mm×30mm 帯通し部分の内径 :14mm×4mm
品番 mu_049
即決価格 3,000円 |
レトロモダン!本黒漆蒔絵螺鈿簪櫛笄白蝶貝細工髪飾りお箱入り
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レトロな雰囲気が嬉しい本黒漆塗の櫛と笄を出品いたします。白蝶貝を使った螺鈿細工が上品ですね。滑らかなラインをもつ味わいある逸品。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!美品。お箱入り。
材質 木に漆塗。
サイズ 櫛:95mm×37mm 笄:155mm×10mm
品番 mu_046
即決価格 12,000円 |
天然本物!SILVERパール帯留めシルバー真珠帯飾り6mm×5粒
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照り・巻きの良い6ミリ超天然パールが5粒セットされた上品な帯飾りを特別価格にて出品いたします。無料でプレゼント包装を承りますので、お気軽にお申し出くださいませ。
新品・刻印あり。
石 天然パール
材質 SILVER シルバー
サイズ 39.3mm×13.7mm 重さ:6.6g
品番 yu_015
即決価格 5,000円 |
レトロアンティーク本べっ甲鼈甲蒔絵螺鈿簪花柄貝細工笄こうがい
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本べっ甲に蒔絵・螺鈿が施された素敵な笄(こうがい)を出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。鼈甲は独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
材質 本鼈甲(べっ甲)
サイズ 16.4cm×1.5cm 重さ:13.6g
品番 7-101203F-11_kougai
即決価格 5,000円 |
蔵出しアンティーク!本真珠パール7.5mm花模様帯留帯飾り
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レトロな雰囲気が嬉しいパールの帯飾りを出品いたします。滑らかなラインをもつ味わいある逸品!アンティークがお好きな方、是非ご入札ください。美品。お箱入り。
サイズ 49mm×12.4mm 帯通し部分の内径 :12.7mm×4.7mm
石 パール 直径約7.5mm
品番 mu_051
SOLD OUT |
レトロモダン!本漆朱赤金鶴松竹梅蒔絵櫛簪くしかんざし髪飾り
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レトロな雰囲気が嬉しい本漆朱赤の櫛と簪を出品いたします。鶴と松竹梅が描かれた大変お目出度い逸品!滑らかなラインをもつ味わいある作品です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!美品。
サイズ 櫛:93mm×68mm 簪:38mm×185mm
品番 mu_048
SOLD OUT |
レトロモダン!本漆朱赤金蒔絵木製櫛簪くしかんざし髪飾りセット
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レトロな雰囲気が嬉しい本漆朱赤の櫛と簪を出品いたします。金と黒で描かれた大胆な文様が素敵ですね。滑らかなラインをもつ味わいある逸品。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!美品。
材質 木に漆塗。
サイズ 櫛:11.3mm×55mm 簪:42mm×220mm
品番 mu_047
SOLD OUT |
天然本物!K14WGアンティーク帯留め兼ブローチエメラルドダイヤ
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天然エメラルド・キャッツアイ・サファイア・ダイヤモンドが贅沢にセットされたK14WG帯留(兼ブローチ)です。ブラウンダイヤには、シングルカットとラウンドブリリアンカットが丁寧に施された逸品!特別価格で出品いたいますので、アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
石 エメラルド:1.48ct キャッツアイ:2.52ct サファイア:1.18ct ダイヤ:0.96ct
材質 K14WG 14金ホワイトゴールド
サイズ 5cm×2.6cm 重さ:14.8g
品番 yu_023
SOLD OUT |
蔵出しアンティーク!シンプルな銀製くし櫛簪髪飾りSILVER
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シンプルで上品な銀製髪飾りを出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品!銀独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
材質 SILVER
サイズ 8.7cm×3.2cm 重さ:6.9g
品番 mu_009
SOLD OUT |
天然本物!象牙扇形アンティーク帯留め帯飾りブローチ桜紅葉扇子
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象牙桜と紅葉が描かれた素敵な扇形帯飾りを出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品!象牙は独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
材質 象牙
サイズ 55mm×25mm 重さ:9.4g
品番 hiro_075
SOLD OUT |
レトロアンティーク!本べっ甲鼈甲蒔絵螺鈿簪かんざし笄こうがい
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本べっ甲に蒔絵・螺鈿が施された素敵な簪を出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。鼈甲は独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
材質 本鼈甲(べっ甲)
サイズ 38mm×190mm 重さ:11.6g
品番 7-101203F-11
SOLD OUT
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天然琥珀アンティークブローチK18金ひょうたんコハク 検)帯留
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レトロな雰囲気が嬉しいK18YG本琥珀ブローチを出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。透明感のある黄褐色と橙色の大きな琥珀を瓢箪型に彫刻した見事な作品です。天然の琥珀を贅沢に使ったヴィンテージブローチは、光が当たるとバツグンの迫力と存在感を発揮。コレクターならずとも、琥珀ファンなら是非とも手に入れたくなるアイテムではないでしょうか。専用の部品をお持ちの方は、帯留としてお使い頂いても素敵ですね。
材質 天然琥珀(こはく) amber
枠素材 K18YG 18金イエローゴールド
サイズ 75mm×40mm 厚み:30mm 重さ:51.5g
品番 hiro_037
SOLD OUT |
天然本物アンティークK14あこやパール帯飾り真珠帯留めブローチ
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照り・ツヤ抜群の天然あこや真珠がセットされたK14帯飾りです。大き目のフォルムですが透かし細工が施されていますので、重いイメージがなくお洒落に装っていただける逸品です。和服好きの方は勿論の事、ブローチとしてもご使用頂けるお品です。是非のご入札をお待ち申し上げます!
石 天然あこやパール 6mm-8mm
素材 K14YG 14金イエローゴールド(艶消し)
サイズ 横68mm 縦55mm 厚28mm 金具幅9mm
品番 16-100730KT-2
SOLD OUT |
本べっ甲鼈甲アンティーク櫛くし髪留飾りレトロモダン2点セット
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レトロな雰囲気が嬉しい本べっ甲の櫛と髪留めを出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。鼈甲は独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
櫛は 菊地鼈甲店 の木箱入り。(説明書付)です。
材質 べっ甲
サイズ 櫛:90mm×40mm 髪飾り:50mm×15mm
品番 tm_026
SOLD OUT |
本べっ甲鼈甲アンティーク櫛くし髪留飾りレトロモダン4点セット
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レトロな雰囲気が嬉しい本べっ甲の櫛と髪留めを出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。鼈甲は独自の質感があり、大変好まれる希少な材質です。アンティークがお好きな方、是非ご入札ください!
材質 本べっ甲
サイズ
葉っぱ型髪留め:8cm×2.5cm 5.6g
シンプルな櫛:6.2cm×4cm 3.6g×2個
パール付櫛:7cm×5cm 6.6g
品番 hiro_030
SOLD OUT |
本べっ甲アンティーク櫛稲穂柄黒くしレトロモダン髪飾りお箱入り
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レトロな雰囲気が嬉しい本べっ甲の稲穂柄櫛を出品いたします。滑らかなラインをもち味わいある逸品。季節感を楽しむ和装小物として是非お買い求めください。アンティークがお好きな方におすすめの逸品です。
お箱入り。
材質 本べっ甲
サイズ 95mm×55mm 重さ:13.6g
品番 hiro_029
SOLD OUT |
本べっ甲アンティーク髪留めレトロモダンバレッタ髪飾りお箱入り
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レトロな雰囲気が嬉しい本べっ甲の髪留めを出品いたします。コンビの色合いと渦巻のフォルムが可愛いデザイン。アンティークがお好きな方におすすめの逸品です。
お箱入り。(reicraftの印字あり。)
材質 本べっ甲
サイズ 9cm×4.5cm
品番 hiro_028
SOLD OUT |
人間国宝北村昭斎作螺鈿らでん帯留漆工芸品花柄貝アンティーク
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見事な貝細工が美しい人間国宝「北村昭斎」作 螺鈿(らでん)帯留めを出品いたします。希少な秀作をこの機会に是非お買い求めくださいませ。どうぞ宜しくお願いいたします。
お箱には、「螺鈿帯留」「写正倉院玉帯箱文 南都漆工 昭斎作」の記載がございます。
サイズ 6cm×3.5cm 帯を通す金具の幅:9.4mm
品番 hiro_027
SOLD OUT |
帯留
帯留(おびどめ)とは、女性が帯締めに通す飾り物の装身具。「帯止」という漢字が使われることもある。京都の花柳界では、舞妓用の帯留を「ぽっちり」と呼ぶ[1]。
目次 [非表示]
1 帯留の発生と形態の変遷
2 素材
3 帯留に用いる帯締め
4 TPO
4.1 帯留と季節
4.2 茶席と帯留
4.3 喪服と帯留
4.4 花柳界の正装と帯留
4.5 上流社会の礼装と帯留
4.6 一般社会の礼装と帯留
5 脚注
帯留の発生と形態の変遷 [編集]
帯留の原形・留め金具式(パチン式)帯留の一例
帯留の歴史は、江戸時代後期、文化・文政年間(1804年 - 1829年)に、始まる[2]。
帯留という言葉の初出は、1822年(文政5年)[3]。帯留は、当時、胴締や上締とも呼ばれ、帯留の原形と帯締めの原形の、その双方を指し、腰帯・しごき帯・布を仕立てた「丸ぐけ」「平ぐけ」と呼ばれる紐・真田紐・組紐を結ぶものと、留め金具式のものとがあった[4]。紐は現在の帯締めへと発展し、留め金具は、現在の帯留へと発展していった[5]。
明治25年頃に現れ、その後主流となった、紐通し式帯留の一例
現在の帯留へと発展していく、留め金具式の帯留は、現在の帯留とは形状が異なっていた。 それは、装飾性もあるが、実用性が高い、帯がほどけないようにする為の「帯の固定金具」であり、「紐を通すのではなく、紐の両端に表金具と裏金具を取り付け、合わせて引っ掛ける構造」だった[6]。当初は、主に男性が用い、女性は老女が用いていたが、女性にも広まっていき、男性から女性へと移行していった[7]。
幕末(1853年 - 1869年)から明治初期にかけては、芸者衆の間で流行した[8]。芸者衆は、客の男性の、刀の小柄・目貫・柄頭などの刀装具や、煙草入れなどを「契りの証しとして」帯留に作り替えて用いた[9]ものと思われる。
明治に入ってからは「パチン留め」と呼ばれた[10]。1876年(明治9年)に廃刀令がでると、不用になった刀装具を転用するという形で、帯留の使用が盛んになった[11]。廃刀令で失職した、刀装具を加工していた職人は、帯留め職人となった[12]。以降、帯留は、「一時は、帯締めには必ず帯留めをするもの、というくらい」大流行する[13]。刀装具などを作り替えた、留め金具式(パチン式)の古い帯留が、現在も残っている[14]。
フック式留め金具と紐通し式帯留の併用の一例
1892年(明治25年)頃から、現在のような紐に通す形式の帯留が流行し、「パチン留め」は徐々に廃れ、帯留は、実用性の高い帯の固定金具から、完全なる装身具へと変わっていった[15]。
装飾を全く廃した実用性そのもののフック式の留め金具と、装身具そのものの紐通し式帯留が併用されることもあったが(この場合、実用性そのもののフック式留め金具は、後ろに隠して使われる[16]。)、現在ではあまり見かけず[17]、紐通し式の帯留のみ用いるのを主流とする。
開閉式帯留に使われる金具
現在の帯留には、主流の紐を通す形式の他に、帯締めの上から金具で押さえるクリップ式・開閉式の帯留があり、紐通し式に比べて、厚みのある紐に使え、帯締めを締めた後にも使えるという利点がある[18]。どちらも、金具を使ったあとに、金具の間に紐が通り、留め金具式帯留とは異なって、純然たる装身具である。
素材 [編集]
帯留の素材は、珊瑚、翡翠、瑪瑙、琥珀、象牙、鼈甲(べっこう)、蒔絵、螺鈿、貝、カメオ、水晶、ダイヤモンド、真珠、ルビー、エメラルド、サファイア、金、銀、プラチナ、金属に七宝を施したもの、木彫、陶器、ガラス、トンボ玉、セルロイドなどで、工芸品が多用される。[19]
帯留に用いる帯締め [編集]
ブローチを帯留に転用させる金具
帯留は、通常、平たい帯締めに通して使う。幅二分?三分の、細い帯締め用の帯留が多い[20]が、幅の広い帯締め用の帯留も、ある。舞妓が使用する「ぽっちり」を通す帯締めは、一般には出回らない、一寸もの幅がある[21]。
幅二分?三分の、細い平打ち(平組)の帯締めは、帯留をより目立たさせる為に組まれるようになったものである[22]。
帯留として作られたものでなくとも、紐を通す部分があれば帯留として代用が可能である。洋装用のブローチなどは、帯留に転用でき[23]、ブローチを帯留に転用させる金具も市販されている[24]。
TPO [編集]
帯留と季節 [編集]
翡翠素材は、夏用とされることがある[25]。水晶素材は、夏用とされることがある[26]。珊瑚素材は、冬用とされることがある[27]。
茶席と帯留 [編集]
簡素を旨とする茶会では、「茶席の道具の美しさに匹敵するものはない」という意味や、万が一にも道具を傷つける等の粗相がないよう、帯留は避ける[28]。「寂びた装いの一つとして使うのであれば、かまわない」とする考え方もあるが、その場合でも茶会の性質を吟味し、師匠や諸先輩に意見を伺い、常識をふまえて決めるのが適当だとされる[29]。
喪服と帯留 [編集]
喪服に帯留は、避ける[30]。黒い石なら良いとする考え方[31]や、通夜・葬儀には不可だが一回忌までなら色喪服に翡翠・真珠・水晶のみ可、以降は通常通りとする考え方[32]、法事の略喪服に翡翠・真珠など数珠に用いられる貴石なら良いとする考え方[33]などがあるが、良しとするかどうかも含めて本や人によって色々と違いがある。
花柳界の正装と帯留 [編集]
黒の五つ紋付に帯留をつけた、戦前の、京都の芸妓の写真の一例。
戦前の写真には、黒の五つ紋付の正装に帯留を用いる姿が残されているが[34]、現在は、黒の五つ紋付の正装に、帯留は使用しないとされる[35]。
上流社会の礼装と帯留 [編集]
黒の五つ紋付に帯留をつけた、徳川慶喜家の奥方(有栖川宮威仁親王第2王女實枝子)。
上流社会では、日本が欧風化していくに当たって、華やかな西洋の宝飾品に対抗できる和装品の一つとして、宝石を使った帯留が、戦前からもてはやされた。フォーマルな席では、「宝石を豪華に飾る(西洋の)ローブ・デコルテに対し、日本婦人の紋付き(色留袖)にノー・ジュエリーは見劣り」がし、宮内庁筋から、「きものの礼装のときは帯留めや指輪に宝石を」と、お達しが出たこともある[36]。紋付色留袖・丸帯の礼装に合わせて、ルビー・サファイア・エメラルドを使った帯留は、夜のパーティーやレセプションで、ダイヤ・真珠を使った帯留は、昼夜を問わず、活躍した[37]。また、1931年(昭和6年)、皇族の女王が降嫁するに当たって撮影された婚礼記念写真の中に、皇族の女王が引き振り袖に丸帯、三分程の幅の帯締めに帯留を通して着用した姿(夫君は、モーニングコート着用にシルクハット、手袋をお持ちの姿)[38]や、1944年(昭和19年)、鷹司家の現当主の両親の結婚式の写真に、鷹司家の令嬢が、帯留を用いている姿[39]、1981年(昭和56年)、一橋徳川家の当主の勲一等瑞宝章授章式の際に撮影された記念写真に、当主に随伴された鳥取藩主池田家出身の夫人が、五つ紋付きの色留袖に帯留を用いる姿[40]などが、残されている。
このように、上流社会では、「和服にもフォーマルのときには帯止めと指輪に宝石を使う」[41]ようになったが、黒留袖には、帯締めとして、帯留には通常は通らない、白の丸ぐけ紐(布を仕立てて綿をくるんだ紐)を用いるのを本来の姿とする(振袖にも、丸ぐけ紐を用いるのが本来の姿とされる。)[42]。しかし、徳川将軍家や徳川慶喜家の奥方、徳川慶喜家や紀伊徳川家出身の奥方、加賀前田氏出身の奥方などの、旧華族の写真に、五つ紋付きの黒留袖に帯留を通した幅二分?三分の平打ち(平組)の帯締めを用いている姿が残っている[43]ことからも、本来の姿は別として、黒留袖に帯留を使用することは、全くタブーでは無かった(振り袖も同様である)。
なお、留袖に用いる帯留は、ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド・真珠の五大宝石もしくはアレキサンドライト・ヒスイを加えた七大宝石のものがふさわしいとされる[44]。また、振り袖に用いる帯留は、ルビー・真珠・オパール・珊瑚・金・銀・七宝などがふさわしいとされる[45]。
一般社会の礼装と帯留 [編集]
花柳界や上流社会を別とした一般社会では、礼装に帯留を用いるか用いないかに関して、様々な説がある。黒留袖に帯留は、使用してもしなくとも構わないとする説や、その説にのっとった記述やグラビアが多数見られる[46]が、他には、礼装用の帯留は黒留袖よりも色留袖に合わせるほうが無難という説[47]、帯留はパーティーや街着用とする説[48]、黒留袖・色留袖着用の際や式典には帯留は用いないとする説[49]、ダイヤモンドや真珠の帯留でもパーティーの訪問着用とする説[50]、宝石・金銀細工・蒔絵の帯留でも訪問着・つけ下げ・色無地・よそゆき小紋用とする説[51]などが、ある。礼装に帯留を使用する場合は、宝石や、鼈甲、金銀蒔絵のものがふさわしいとされる[52]。
脚注 [編集]
^ 相原恭子『京都舞妓と芸妓の奥座敷(文藝春秋、平13年)』179頁、相原恭子『舞妓さんマナー集(山海堂、2007年)』108頁、他、多数参照。
^ 露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)24頁、佐藤泰子「帯留の歴史探訪」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年)))』所収)4-5頁、丸山伸彦「帯留誕生物語」(池田重子『日本のおしゃれ 帯留((アシェット婦人画報社、2005年))』所収)6頁、他、多数参照。
^ 遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)205-206頁、佐藤泰子「帯留の歴史探訪」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年)))』所収)5頁、参照。
^ 遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)206-209、210頁、佐藤泰子「帯留の歴史探訪」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年))』所収)5頁、北村哲郎「帯締め」(『和装小物のお洒落((世界文化社、1994年))』所収)24頁、北村哲郎『日本服飾小辞典(源流社、昭和63年)』22頁、参照。また、佐藤泰子「帯留の歴史探訪」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年))』所収)6頁によると、1898年(明治31年)になっても、現在の帯留の原形と現在の帯締めを総称して帯留と呼んでいるという。
^ 遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)204頁、参照。
^ 露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)24-25頁。遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)204、208頁、佐藤泰子「帯留の歴史探訪」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年))』所収)5頁、『きもの文化検定公式教本I きものの基本(アシェット婦人画報社、2008年)』145頁、参照。
^ 遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)204-205、210-211頁、露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)24頁、北村哲郎「帯留め」(『和装小物のお洒落((世界文化社、1994年))』所収)64頁、北村哲郎『日本服飾小辞典(源流社、昭和63年)』22頁、参照。
^ 丸山伸彦「帯留誕生物語」(池田重子『日本のおしゃれ 帯留((アシェット婦人画報社、2005年))』所収)6頁。
^ 丸山伸彦「帯留誕生物語」(池田重子『日本のおしゃれ 帯留((アシェット婦人画報社、2005年))』所収)6-7頁。
^ 露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)24-25頁。遠藤武「近世帯留考」(『遠藤武著作集第1巻服飾編((文化出版局、昭和60年))』所収)204、208頁、参照。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』194頁、『新版きものに強くなる(世界文化社、2001年)』218頁、北村哲郎「帯留め」(『和装小物のお洒落((世界文化社、1994年))』所収)64頁、北村哲郎『日本服飾小辞典(源流社、昭和63年)』22頁、丸山伸彦「帯留誕生物語」(池田重子『日本のおしゃれ 帯留((アシェット婦人画報社、2005年))』所収)6頁、参照。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』194頁、『新版きものに強くなる(世界文化社、2001年)』218頁、露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)10、25、49頁、他、多数参照。
^ 『新版きものに強くなる(世界文化社、2001年)』218頁。酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』127頁、他、参照。
^ 露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)26頁、参照。
^ 露木宏「近代装身具の発生とその変遷」(『ジュエリーの歩み100年((美術出版社、2005年))』所収)26頁、北村哲郎「帯留め」(『和装小物のお洒落((世界文化社、1994年))』所収)64頁、参照。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』195頁、酒井美意子『皇室に学ぶマナー(ダイワアート、1988)』56頁、酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法(大和書房、2002年)』56頁、参照。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』195頁。
^ 『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』71頁、他、参照。
^ 池田重子『日本のおしゃれ 帯留(アシェット婦人画報社、2005年)』、『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留(スーパーエディション、2001年)』、『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留2(スーパーエディション、2006年)』他、多数参照。
^ 『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』71頁、『続きものに強くなる(世界文化社、2004年)』122頁。
^ 相原恭子『京都舞妓と芸妓の奥座敷(文藝春秋、平13年)』179頁、相原恭子『舞妓さんマナー集(山海堂、2007年)』108頁、三輪良平「ぽっちり」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年))』所収)13頁、他、多数参照。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』195頁、『新版きものに強くなる(世界文化社、2001年)』218頁、参照。
^ 酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』130頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』130頁、『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』72頁、他、参照。
^ 『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』72頁、他、多数参照。
^ 翡翠素材が夏用だとするのは、池田重子『美の世界(アシェット婦人画報、2007年)』40-41頁、池田重子『日本のおしゃれ 髪飾り(アシェット婦人画報、2007年)』12頁、池田重子『池田重子流きものコーディネート 夏のおしゃれ(実業之の日本社、2009年)』22、234頁。帯留では無いが、髪飾りの翡翠が夏物だとするのは、相原恭子『京都舞妓と芸妓の奥座敷(文藝春秋、平13年)』176、190頁、相原恭子『舞妓さんマナー集(山海堂、2007年)』109頁、山口公女『すっぴん芸妓 京都祇園のうっかり日記(ローカス、2007年)』44頁、他、多数参照。一方、装道きもの学院『美しい着装とマナー(永岡書店、昭和63年)』62頁では、翡翠は四季を通じて用いるとする。
^ 装道きもの学院『美しい着装とマナー(永岡書店、昭和63年)』62頁。帯留では無いが、髪飾りの水晶など透明なものが夏物だとするのは、山口公女『すっぴん芸妓 京都祇園のうっかり日記(ローカス、2007年)』44頁。
^ 装道きもの学院『美しい着装とマナー(永岡書店、昭和63年)』62頁。帯留では無いが、髪飾りの珊瑚が冬物だとするのは、相原恭子『京都舞妓と芸妓の奥座敷(文藝春秋、平13年)』176、190頁、相原恭子『舞妓さんマナー集(山海堂、2007年)』109頁、山口公女『すっぴん芸妓 京都祇園のうっかり日記(ローカス、2007年)』44頁、他、多数参照。
^ 『茶席のきもの 炉編(世界文化社、昭和54年)』72頁、酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』130頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』130頁、三田村環・監修『茶席のきもの(世界文化社、1994年)』159頁、『TPO別きものの基本(世界文化社、2005年)』69頁、千和加子・監修『茶席のきもの(世界文化社、2006年)』172頁、他、多数参照。
^ 三田村環『茶席のきものとマナー(世界文化社、1999年)』73頁、三田村環「茶席で気になる装いの心得」(『きものの冠婚葬祭((世界文化社、1994年))』)111頁、参照。
^ 酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』130頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』130頁、酒井美意子『欧羅巴・日本 正統派マナー事典(徳間書店、1990年)』224頁。
^ 『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』232頁。
^ 『きものの冠婚葬祭(世界文化社、1994年)』125、137頁。
^ 『TPO別きものの基本(世界文化社、2005年)』94頁。
^ 『幕末明治美人帖 愛蔵版(ポーラ文化研究所・編、2002年)』161、165、188、189、195頁、他、参照。
^ 岩崎峰子『芸妓峰子の花いくさ(講談社、2001年)』127頁、他、参照。現在の、京都の芸妓は、黒紋付でなくとも、お座敷では帯留を用いない(三好閏三「「葵」の帯止め」(『伝えたい日本の美しいもの 貴道裕子の帯留((スーパーエディション、2001年)))』所収)167頁。)。京都の舞妓は、黒紋付には、帯締めも用いない(京都上七軒市まめ『舞妓のお作法((大和書房、2007年))』53頁、相原恭子『京都舞妓と芸妓の奥座敷((文藝春秋、平13年))』178頁、参照)。
^ 酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法(大和書房、2002年)』59頁。酒井美意子『皇室に学ぶマナー(ダイワアート、1988年)』59頁、参照。
^ 酒井美意子『ある華族の昭和史(講談社文庫、昭和61年)』35-37頁、酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』128頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』128頁、酒井美意子『華族の肖像(清流出版、1995年)』118-120頁、参照。
^ 北風倚子『朝香宮家に生まれて(PHP研究所、2008年)』60頁。『皇族・華族古写真帖 愛蔵版(新人物往来社、2003年)』には、旧皇族の方々が、五つ紋付きの色留袖や振袖に帯留を用いている写真が多数掲載されている。
^ 『旧皇族・華族秘蔵アルバム 日本の肖像 第九巻(毎日新聞社、1990年)』38頁。花嫁が装束姿でないのは、戦中は上流社会のドレスコードが変えられた(酒井美意子『皇室に学ぶマナー((ダイワアート、1988年))』52頁、酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法((大和書房、2002年))』52頁、参照。)為か。
^ 『旧皇族・華族秘蔵アルバム 日本の肖像 第三巻(毎日新聞社、1989年)』69頁、徳川幹子『わたしはロビンソンクルーソー(茨城新聞社、昭和59年)』グラビア、参照。なお、この際、夫人は、昭和48年に、自身が受けられた勲五等宝冠章をつけている(徳川幹子『わたしはロビンソンクルーソー((茨城新聞社、昭和59年))』245頁、参照。)。
^ 酒井美意子『皇室に学ぶマナー(ダイワアート、1988年)』40頁、酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法(大和書房、2002年)』40頁。
^ 酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』125頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』125頁、酒井美意子『皇室に学ぶマナー(ダイワアート、1988年)』56、59頁、酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法(大和書房、2002年)』56、59頁、他、参照。
^ 『旧皇族・華族秘蔵アルバム 日本の肖像 第三巻(毎日新聞社、1989年)』14、39、43頁、『幕末明治美人帖 愛蔵版(ポーラ文化研究所・編、2002年)』19、20頁、酒井美意子『華族の肖像(清流出版、1995年)』158頁、他、参照。
^ 酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』127頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』127頁、酒井美意子『欧羅巴・日本 正統派マナー事典(徳間書店、1990年)』46、65頁、参照。ただし、五大宝石とされる宝石は、ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルドに変わりは無いものの、5つ目の宝石に真珠を入れるか、違う宝石を入れるか、諸説ある。また、七大宝石についても同様である。
^ 酒井美意子『皇室に学ぶマナー(ダイワアート、1988年)』56頁、酒井美意子『ロイヤルマナー 皇室・伝統の礼儀と作法(大和書房、2002年)』56頁。酒井美意子『和服の常識(三崎書房、昭和46年)』127頁、酒井美意子『きものの常識(主婦と生活社、昭和47年)』127頁、参照。ただし、酒井氏は、1990年に書かれた『欧羅巴・日本 正統派マナー事典(徳間書店、1990年)』64頁では、振り袖の宝石は髪飾りと指輪に、とし、帯留を使うとはしない。一方、酒井氏自身の写真には、振り袖に帯留を用いた姿が散見される(酒井美意子『華族の肖像((清流出版、1995年))』120、136、137頁)。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』17頁、『きものの冠婚葬祭(世界文化社、1994年)』48頁グラビア、『きもののTPO(世界文化社、1998年)』39頁グラビア、『きもの文化検定公式教本I きものの基本(アシェット婦人画報社、2008年)』145頁、他、参照。池田重子『池田重子流きものコーディネート(実業之日本社、2008-2009年)』シリーズでも、黒留袖に帯留のコーディネートが見られる。
^ 『きもの宝典III(文化出版局、昭和56年)』88頁。
^ 五藤禮子『着物のマナーお手本帖(成美堂出版、2008年)』55頁、参照。
^ 田中峰子監修『和ときもののマナー(大泉書店、2005年)』78頁、参照。
^ 装道きもの学院『美しい着装とマナー(永岡書店、昭和63年)』62頁。
^ 『帯の常識と帯合わせ(世界文化社、2005年)』128頁。
^ 『きものに強くなる(世界文化社、1991年)』195頁、『和装小物のお洒落(世界文化社、1994年)』66頁、『きものの冠婚葬祭(世界文化社、1994年)』81頁、『きもののTPO(世界文化社、1998年)』76頁、『新版 きものに強くなる(世界文化社、2001年)』218頁、『続きものに強くなる(世界文化社、2004年)』122頁、『きもの文化検定公式教本I きものの基本(アシェット婦人画報社、2008年)』145頁、他、参照。『きものの冠婚葬祭(世界文化社、1994年)』81頁では、宝石の中の五大宝石が良いとされ、鼈甲や金銀蒔絵・象牙は訪問着向き、珊瑚は礼装に向かないとされる。『きもの文化検定公式教本I きものの基本(アシェット婦人画報社、2008年)』145頁では、五大宝石・白鼈甲・蒔絵が良く、鼈甲でも茨斑のものや象牙は基本的に礼装用では無いとされる。装道きもの学院『美しい着装とマナー(永岡書店、昭和63年)』62頁では、ダイヤモンドや真珠の帯留はパーティーの訪問着用、珊瑚・水晶・翡翠の帯留はつけ下げや総絞り用、鼈甲・陶器・木彫の帯留はおしゃれ着用とする。『帯の常識と帯合わせ(世界文化社、2005年)』128頁では、宝石・金銀細工・蒔絵の帯留はフォーマルな訪問着・つけ下げ・色無地・よそゆき小紋用、趣味的な蒔絵・彫金・陶器・塗りの帯留は小紋や紬用とする。
螺鈿
螺鈿(らでん)は、主に漆器などの伝統工芸に用いられる装飾技法のひとつ。貝殻の内側、虹色光沢を持った真珠層の部分を切り出した板状の素材を、漆地や木地の彫刻された表面にはめ込む手法、およびこの手法を用いて製作された工芸品のこと。螺は貝、鈿はちりばめることを意味する。
使用される貝は、ヤコウガイ(夜光貝)、シロチョウガイ(白蝶貝)、クロチョウガイ(黒蝶貝)、カワシンジュガイ(青貝)、アワビ、アコヤガイなどが使われる。はめ込んだ後の貝片に更に彫刻を施す場合もある。
日本では、螺鈿は奈良時代に唐から輸入され、琥珀や鼈甲と組み合わせて楽器などの装飾に使用された。古い遺品としては正倉院宝物として伝来する螺鈿紫檀五絃琵琶、螺鈿紫檀阮咸(げんかん)などがある。平安時代になると、螺鈿の技術は急速に向上し、漆芸の装飾技法として蒔絵との併用が盛んに行われた。鎌倉時代になると螺鈿は鞍の装飾として人気を博し、室町時代になると中国の高価な螺鈿細工の影響を強く受けた。
安土桃山時代にはヨーロッパとの貿易によって螺鈿産業は急成長した。この頃は螺鈿と蒔絵の技術を使って、輸出用にヨーロッパ風の品物(例えば箪笥やコーヒーカップなど)が多く作られた。これらの品物はヨーロッパでは一つのステータス・シンボルとなる高級品として非常に人気があった。日本ではこの頃の輸出用の漆器を南蛮漆器と呼んでいる。
江戸時代になっても螺鈿は引き続き人気を博したものの、鎖国政策によってヨーロッパとの貿易は大幅に縮小されたため、螺鈿職人は必然的に日本向けの商品に集中することとなった。江戸時代の螺鈿職人としては生島藤七、青貝長兵衛、杣田光正・杣田光明兄弟などが名高い。
現在の日本では奈良漆器によく行われており、代表的な作家に北村昭斎、樽井禧酔がいる。
螺鈿の技法
嵌入法
漆塗りを施した表面を彫り込み、その模様に合わせて切り出した貝片をはめ込み、さらに上から漆を塗ってから炭で研ぎ出し、ツヤが出るまで磨く。
付着法
木地固めをした上に貝片を漆で接着し、その貝の厚さに近い高さまでサビ(生漆に砥粉を混ぜたもの)を塗り、中塗り、上塗りを施して、貝をとぎ出す。貝の表面の漆を小刀ではがす工程を行う場合もある。
螺鈿の種類
使用する貝の厚みによって厚貝・薄貝の区別がある。
薄貝は貝を薬品で煮て薄くはがしたもので、厚みは0.2 mmほどである。見映えを良くするため、裏に胡粉などを施すことが多い。
厚貝は貝を研磨して切り出したもので、厚みは1.5 mmから2 mmほどである。薄貝に比べて貝の輝きが美しいが、製造工程上、面積の大きい材料を得ることが困難である。
螺鈿(らでん)
漆工芸の加飾技法の一種。貝殻を荒砥(あらと)やグラインダーなどで各種の厚さに摺(す)ったものを文様に切り、木地(きじ)や漆地(うるしじ)の面に貼(は)り付けたり、はめ込んで装飾する技法。
螺鈿の名称は、天平勝宝(てんぴょうしょうほう)8年(756)の『東大寺献物(けんもつ)帳』に記載のものがもっとも古い。まだ文献にはみえないが、中国・唐の用語と思われ、後世宋(そう)代の『爾雅翼(じがよく)』に鈿螺の文字がある。類語として他の文献では坎螺(かんら)、(せんでん)、嵌(でんかん)、鈿螺(でんら)、陥蚌(かんほう)と異称し、(でん)、甸(でん)、填(でん)の文字を鈿にあてている。日本では、平安時代以降に、貝摺(かいすり)、青螺(あおかい)、青貝という用例がみられ、また螺鈿、鈿螺、螺填、嵌(でんかん)と書いて「アヲカヒ」と呼称している。螺はもともと栄螺(さざえ)のような渦巻形の貝殻をさしたが、鮑(あわび)貝、夜光貝、蝶(ちょう)貝、鸚鵡(おうむ)貝、蜆(しじみ)貝、メキシコ貝なども用いる。摺った貝板の厚さは100枚重ねを単位とし、2分5厘(8.25ミリメートル)のものは薄貝、これより薄いものを絹磨(ず)りという。厚貝は4寸(132ミリメートル)のもので、より厚さを要するときは丸貝を用いることもある。鈿の原意は金華(かねかざり)で、黄金の髪飾りをさし、玉(ぎょく)や貝で飾ることをも称するようになった。
北村昭斎
北村 昭斎(きたむら しょうさい、1938年1月19日 - )は、漆芸家。元奈良文化女子短期大学客員教授。螺鈿の重要無形文化財保持者(人間国宝)。
1938年、漆芸家の北村大通の長男として奈良県に生まれる。東京藝術大学美術学部工芸科卒業後、早川電機工業(現在のシャープ)工業デザイン部門を経て、父のもとで漆芸の制作と文化財修理を行う。1999年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。
笄(こうがい)髪掻(かみかき)
(1)髪を整えるための道具。毛筋を立てたり、髪のかゆいところをかいたりするための、箸に似た細長いもの。男女ともに用いた。象牙・銀などで作る。
(2)江戸時代の女性用髪飾りの一。髷(まげ)などに挿す。金・銀・鼈甲(べつこう)・水晶・瑪瑙(めのう)などで作る。
(3)刀の鞘(さや)に挿しておく、金属性の篦(へら)のようなもの。本来整髪具だが、中世以降は装飾用。
(4)錨?(びようかん)の別名。
髪掻とも書かれるように、本来は髪を掻いたり耳垢を落とす等、身だしなみの目的で用いるために打刀拵の鞘口辺りに収めたものだが、江戸時代には小柄と同様、金工芸術の表現の対象となり、多くの名品が製作されることになった。小柄及び目貫と同作とされた場合、特にこれを三所物と称し、江戸期に至って小柄笄が大小拵の正式な小道具とされたのは、やはり武士の身だしなみにかかわる道具として重要な役割りを持たされていたためであろう。
小柄・笄(こずか・こうがい)
女性のかんざしの一種。髪に挿す飾りのこと。素材やデザインは様々で、挙式時には気品のあるべっこう製のもの、色打掛では華やかな珊瑚や真珠製のものが用いられる。
明治?大正期の笄(木製)。蒔絵が施されている。短い方の内部が鞘のようになっており、左右分割し結髪に差して用いる。
髪を掻き揚げて髷を形作る装飾的な結髪用具。元は中国のもので、現代中国語ではジー(j?)と読む。 頭が痒い時に髪型を崩さずに掻くなど、女性の身だしなみ欠かせない装身具としても使われた。
髪を掻き揚げやすいように頭部から長細い二本の足が出た形をしているか(頭部はイチョウの葉型が一般的)棒形が普通。 棒形のものは「棒笄」と呼ばれ、最高級品は鶴の脛の骨で作ったもので、頭痛のまじないにもなると好事家などに好まれたという。 鼈甲製、金属製、木製、象牙製、牛や馬のひづめなど素材は多岐にわたる。 中でも、螺鈿や蒔絵や彫金、彫刻などを施したものは非常に高価であった。
形状が良く似ているため簪と混同されることも多いが、ルーツはまったく別系統。
中国では、新石器時代の遺跡から骨笄、銅笄、玉笄と考えられる出土物があり、当時からさまざまな材質の笄(けい)が使われていたと見られている。
笄を使うことが成人女性として扱われることも多く、笄で結い始める時の儀式である「笄礼」(けいれい)を成人式のように扱うことがある。このため「笄」には成人とした15歳という意味もある。
日本においては、日本髪に欠かせない「櫛」「簪」「笄」の三点セットのうち、笄は櫛に継ぐ由来の古さを誇る。
笄は結髪の根に挿すもので、一本しか使わず、髪型によっては省かれることもある。本来は髷の根を固定する実用的な道具であったが、江戸後期の複雑な結髪になると用途は後退し、ほぼ装飾品と同じとなる。その現れが「中割れ笄」という笄で、中心でふたつに分解できるようになっており、結髪を八分がた作り終えてから仕上げに挿すための、完全な装飾品である。棒状に変化したものを「延べ棒」と呼ぶこともある。
江戸時代の辞典には「先が耳かきのものを簪、そうでないのは笄」と区別してある。
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